プライベート

好き勝手書くようになって気づいた。私ってこんなに押し付けられること、抑圧されることが嫌いだったんだ。

ワタクシ……このブログを開設して、このブログだけではなくFacebookまでも、好き勝手なことを書くようになったら、ある特徴があることに気づいたの。

 

それは、すぐに「うっとうしいなー」って言っちゃうこと(笑)

(以前からそうだったろって……? いや、リアルではすぐに言うけど(笑)、バーチャルの場面ではこれでもかなり抑えてたはず~^^;)

 

今まではアレがあったときも、コレがあったときも、「うっとうしいなー」って感じていても、その言葉は飲み込んでいたし、記事やコメントにもそんなこと書けやしなかった。

ところがそれを平気で書くようになって気づいたのが、その回数の多さなワケ(笑)

なんでそんなに何でもうっとうしいんだろう?

そこで私、冷静になって考えてみたの。

なんでこんなに人に押し付けられているとか、抑圧されているのとかを極端に嫌うのか……。

って、その前に、人間はみんな押し付けられるのとかっていうのは大嫌いなのよ~。
特に日本人はこういう人種なんだって。私だけが特別ってわけじゃないの。それだけは覚えておいてね^^❤

 

私だって困ったら人の意見は聞きたい。
相談もしたい。

でも、人間って誰でも相談する相手って選ぶよね。

相談していない人にとやかく言われたって、話を聞きたいなんて思わないのはまず当然な話。

それをわかっていない人がとっても多いのも事実ではあるんだよね。

それでも、人によっては「そうなんだー。教えてくれてありがとー」って素直に聞けるのに、私はまず「うっとうしいなー」とか思っちゃう(笑)

私だって素直な性格の人の方が素敵だなって思うしね。
そうなりたいと思わないわけではなないのに、なんでそうできないんだろう?ってよくよく考えたらね……

ずっと抑圧されて育ってきた

私の親は古い人でね。

戦時中の生まれの人たちだからか、完全年功序列タイプだったの。

私は次女で姉は8歳も年上なんだけど、よくある
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
という光景は皆無に近く、ほとんどが
「お姉ちゃんの言うことを聞きなさい」
と私が言われるっていう構図だった。

親は白いものでも親が黒と言えば黒だろ!っていうタイプ。

ということは、末っ子の私は当然、全てにおいて我慢する立場。

下手に言い返そうものなら、手が出るわ、押し入れに閉じ込められるわの家だったので、それはそれは我慢して生きて来た。

親や姉に向かって「うるさいなぁ」って言ったって、どんなに口答えしたって自分の言うことは通らない。

逆に、向こうが私の数倍怒って大変なことになるので、結局のところこちらが折れなければならない。

そんなのの繰り返しだったから、私はハタチになる直前、結婚という手を使って家を飛び出たの。

抑圧はただ息が苦しいだけで、何もいいものを生む行為じゃない。

親と姉……特に姉は、私が好き勝手生きてきたと思っていたので、違う形で親に抑圧されて育ってきた姉は、私が憎くて嫌いでたまらなかった。

親には親の理想があった。

姉は身体が丈夫でそこそこ勉強ができたから、母は教育ママゴンに変身し、ものさしを持って横に立って勉強をさせていたらしい。

私は逆に身体が弱くて生きているだけで精一杯な時期があったので、勉強はそんなにさせられなかったけれど、その分、姉のイライラや鬱憤が全て私に対して憎しみとなってぶつけられて来た。

私のことが嫌いな姉が私と仲良くしてくれるわけでもなく、そんな姉を見た母はいつも
「どうして二人きりの姉妹なのにこんなに仲が悪いのかしら」
と言っていたが、自分がそれを巻き起こしていたなんて、きっと夢にも思っていなかっただろう。

私も大人になってカウンセラーという仕事を数年やって、それに気づいたくらいなのだから。

姉のことに関してはまたそのうちじっくり書こうと思うけれど、そんな抑圧ばかりの家庭で育った私は、決して幸せな時間を過ごしては来なかった。

そんな子どもが選べるのは、そこから逃げる(家を出る。もしくは現実逃避)だけだよね。

そして私はハタチ直前にして、結婚という手を使って家を出ることを覚えたんだ。

それでもまだ抑圧から解放されなかった日々

親と姉から解放されたと思って喜んだのもつかの間……

すぐに気づいたのは、親より夫の方がうるさかった!という計算違い(笑)

しかもハタチそこそこで姑のいる田舎の家に引っ込んだからね。
そりゃー苦労の連続でした。

実家とはまた違う抑圧の日々。
もう自分がどんな感情を抱くの人間なのかもよくわからなくなって行った。

そんな生活が限界になる日が訪れ10年後に離婚となった。

抑圧から解放されても、もうどうしていいかわからない

 

結局、私が抑圧から解放されたのは、もうすぐ30歳になる頃だった。

約30年間も抑圧の中で育ってきた私は、抑圧されない世界というものがどういうものなのかさっぱりわからなくなっていた。

自由に自分の気持ちを解放する術がわからない。

寂しかったりツラかったりしても、素直に口にすることはできない。

悲しければ哀しいほど笑ってごまかすし、大丈夫という顔をする。
素直に助けてと言えない。

自分の感情をどう表現していいかがまったくわからなくなっていた。

いろーんなことに失望し、生きる目的すら失った。
明日が来ることを考えれなくなった。

本当の意味で生きやすくなったのは断薬したときの本気の内観以降

精神薬を断薬を目指し減薬し始めてからというもの……
なんでだろう? 特に勧められたわけではないのに、思いっきり自分と向き合うようになった。

そのお蔭で心の病のメカニズムや、どうしたら解放されるかという本当の意味がわかるようになったのだけれど、自分が何に抑圧されて、何から解放されたいと望んでいたのか、それすらわからなくてもがいていた私が、やっと出口を見つけられたような気がしたのは明らかに断薬後、しばらく経ってからだった。

やっと、自分のどこに軸がなくて、何に依存して、何が苦しくて、それをどう片付けたら自分で呼吸ができるのか……

やっと少しずつ、少しずつそれがわかって来た。

で、わかったことから少しずつ解放してあげる訓練をした。

みんなね。
方法論がわかれば、性格は変えられるんだ、変えられないとしたら変えられない自分が悪いんだ……みたいに思い込んでしまっている人がいるけれど、それは違う。

性格なんてそう簡単に変わるものじゃない。

私だってもう数年間トレーニングしている。
その賜物が最近の弾けっぷりだからね(笑)

トレーニングしてなかったら、今も尚、前と同じように色んな小さいことが気になって、弾けることなんてできなかったと思うよ。

 

私の「うっとうしい」は自分を守る言葉なんだって気づいた

「こういうことが嫌なの」「こうされるとうっとうしいの」
なんてこと、小さな頃から全然言えなかった。

反抗する・反発するは悪だったから、どんなに心の中では「違うよ」と思っても、言葉を飲み込む癖がついていた。

だからこそ、押し付けられるのがとっても嫌だった。

なぜなら、押し付けられたことを受け入れないことが悪という方程式だったから……。

 

でも、自分の嫌なことに対して嫌とはっきり自己主張できるようになって、本当にものすごーく楽になった。

お説教されて「うっとうしいなー」って言ってみたかったなぁ……って、今になってそんなこと思って苦笑いしてみたりして……(笑)

 

 

自分がどんなタイプでどんな性格なのかを知るのはとっても大切なことです。

それを知って初めて、自分を守ることができるようになります。

「なんで自分はこれが嫌いなんだろう」
「なんでこんなことに反応してしまうんだろう」
「なんでこれを受け入れられないんだろう」

そんなことがあったら、自分でよーく考えてみてね。

絶対に過去から何かしら影響を受けて、今に続いているから。

そしてそのことは簡単に解決できるものではないの。
でもそれは、自分でわかれば必ず対処できるものだから。

だから、まずは考えてみる。

それを一番大切にしてくださいね。

そしたら貴方も私のように、何かに囚われ苦しめられて来たものから解放されるかもしれませんよ^^

 

 

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