ふーみんのひとりごと 親子問題

親の体罰……どこまでがしつけでどこからが虐待なんだろう?

親の体罰……

あなたはどこまでがしつけで、どこからが虐待だと思いますか?

実は私、この区別がよくわからないんです。

あ、いえいえ!
私が子どもに虐待と思うような叱り方をしていたのではないですよぉ!
誤解しないでね~^^;

そうではなく、このことを考えるようになったのは……
実は、私が厳しい体罰を受けていた子どもだったからなのです。

 

 

怒られれば叩かれるのは当然のことだった

小さい頃から、私は『怒られる』=『叩かれる』という親の元で育ちました。

でも私が小さい頃は虐待なんていう言葉はないしね。

私たちの親の世代は戦前・戦時中の人が多数だったから、厳しく育てられた子どもも多かったしね。

私たちの時代は、先生の言うことも絶対で、「学校で怒られた」なんて言おうものなら「お前が悪いことしたんだろ!」って返って叱られる時代だったから、親も先生も絶対的な強さを持つ存在だった。

だから、私は親っていうものはそういうものなんだと思って育ったのね。

実は……

あれ? もしかして他の家は違うの?
って思うようになったのって、かなり大人になってから。

冷静に、
あれはしつけだったのか?
ただ親の怒りにまかせた虐待と言われるほどのものだったのか?
って考えるんだけど、いくら考えてもその判断をつけられないんです。

冷静に考えられないとか分析できないとか、そういうことではありません。

その環境しか知らないから、判断をつけようがないというのがひとつ。
そしてもうひとつ、この判断がつかないのにはもうひとつ大きな原因があると思っています。

 

どんな親に育てられても子どもは純粋に親を守ろうとし、自分が悪いと思いこむ

ある程度成長すると親が憎いとか、親が嫌いという感情を持つ子どもはいますが、幼少の頃は、親は絶対的存在であり、大好きな存在です。

だって、親に見捨てられたら生きていけませんからね。

子どもは絶対に嫌われていいとは思わないし、この絶対的存在は、自分を愛してくれていると疑いません。

だから、どんなにひどい怒られようでも、それがすぐに「自分は愛されていないんだ」とか「こんな親は嫌いだ」という発想にはならないんですよね。

私もそうなんです。

親に対しては正直、色んな感情を持っています。

でも嫌いではありません。憎んでもいません。
そんな風に一言で片付く感情ではないのです。

もし一言で片付く感情を持てたのなら、もしかしたらもっと簡単に「あれはしつけだったのだな」とか「あれはさすがに虐待だったのかもしれない」とか判断がつくのかもしれないけれど……。

私が親から受けてきたこと

私の親は本当にすぐに手が出る人でした。
しかも両親ともに……。

そんな二人は、私が幼い頃の夫婦喧嘩もそりゃー派手なものでしたよ^^;
だから余計に、私が怒られるときも叩かれてもそれが普通だと思っていたのでしょうか……。

一番古い叩かれた記憶はいつかなぁ……。
幼稚園の頃かなぁ。

でも、意外なことに覚えているのは小学校高学年くらいからのことの方なんですよね。

小さい頃の方が怖かったでしょうに、なんでなんだろう?と考えると……。

なんとなくなのだけれど、「叩かれるほど悪いことをしたのだ」とか「親にひどく怒られた」というショックより、「さて、どうやって許してもらうか」とか、「この場をどうやって収めるか」とか、いや叩かれる前から「どうやって逃げるか……」とか、そんなことを考えるようになってからの記憶の方が強いからなのかなぁという気がします。

これもよくわからないけれど……^^;

私の親は少なくとも私が高校生になっても平気で手を出していましたね。
中学・高校でも何回か叩かれた記憶があります。

まぁ、そんな時まで怒られてるなよって話なんだけど……(さーせん^^;)

あぁ、そうだ……。

私、小学4年生まで松戸市の団地に住んでいたのですが、そのときって、俗にいう『五右衛門風呂』でね。
木製の深い浴槽に木製の蓋がついていたんです。

その蓋って大きくて重いので、子どもの力では開けることができません。

その団地に住んでいるときは、怒られるとそのお風呂に閉じ込められていました。

小学5年から今の実家に引っ越したのですが、そこではどこにでもあるようなお風呂の蓋に変わったので、軽くなったため、私が閉じ込められるのは押入れに変更。

押し入れに入れられ、何かでふすまが開かないようにされていました。

どのくらいの時間閉じ込められていたかはもう全く記憶にないけれど、そう短時間ではなかったような気がします。

中学や高校生になると、押し入れに入れるのも一苦労になったからなのかな。
外に追い出されていたっけ(笑)

今でも記憶があるのは、夜、何時間も外に出されてどうにもならなかったので、中学の頃まで住み込みで父親の助手として働いていて家族同様でいた人のところに助けを求めていったこともありました。

高校生のとき、親に内緒でピアスを空けた時は、耳を思いっきり引っ張られて大変な目に遭ったこともあります^^;
(ひどく怒られるのわかっていても、やる私も私?(苦笑))

 

こんな調子だったからね。
学校から家に帰るときは、いつも母親の顔色を伺っていました。

なんか母親がムスッとしているような気がすると
「何か怒ってる?」
と聞くのが当たり前になっていました。

まぁ、そんなに怒られるようなことしとくなよって話でもあるんだけど、部屋が片付いていないとか、学校に行っている間に何か見つけられていたりすると、もう烈火のごとく怒られるので、学校帰りは本当にいつもビクビクでした。

「怒ってる?」の問いかけに「ううん、怒ってないよ」と返ってくると、どれだけホッとしたか……。

父親は母親の数倍理不尽だった

手が出るのは母親だけではありませんでした。
父親の方がもっと短気だったし、母親よりも根拠なく怒鳴り始めるので本当に厄介。

しかも、派手な夫婦喧嘩をやっていて、「うるさいからやめて!」なんて言おうものなら、もう火花どころか爆弾がこっちに飛んで来るし^^;

今でも一番納得できない怒られ方をしたのは……

小学校高学年の夏休みに、母親は子供会の集まりで集会所に行ってたんです。

で、父親は家で焼き肉か何かを作ろうと肉を出していました。

私はインスタントラーメンを作っていたのですが、その肉をちょっともらいたくて、
「私にもお肉ちょうだい」
って言ったんです。

1枚分けてもらって、もう1枚欲しくなった私は「ねぇ、もう1枚入れて」って言ったら……。

突然「好きなだけ入れろ!」と怒鳴って、パックのお肉全部を私がラーメンを作っている鍋に入れてしまったんです。

私は唖然……。
というか、私もブチ切れ(笑)

だって、子どもがお肉をもう1枚って言うのがそんなにうるさい?って今でも思うのだけど、その「もう1枚」でぶち切れて、持っているお肉を全部鍋に入れてしまって、結局食べられなくしてしまうなんて有り得ないでしょ。

「こんなにいらないよ! もう食べられないじゃない!」
と怒鳴って、集会所にいる母親の元へ泣きながら行ったのを今でも覚えています。

 

ついでに加えたら、姉にも殴られてたのを思い出した(苦笑)

姉は8歳年上なので、姉妹というほど仲良く遊んだ記憶はほとんどありません。

そもそも姉は私のことが嫌いでしたからね。

思い返せば、姉からもビンタをくらったことがありました^^;

中学の時に母親が入院したんです。

そのときに、何で喧嘩になったかはもう思い出せないけれど、姉が私を怒って思いっきりビンタをされました。

で、私は泣きながら母親の病室まで自転車で逃げて行った……というのを、この記事を書いて思い出しましたね。

以前の記事にも一度書きましたが、私の実家は年功序列系で、しかも抑圧系。

私はいつも孤立無援状態で戦っていたので、もうどれがしつけでどれが虐待なのか……なんて判断がつかなくなっても無理ありませんよね^^;

 

殴られてばかりいると、何が悪くて叱られているかがわからない

子どもの怒り方……正しくは怒り方ではなく『叱り方』ですが……。

あ、怒ると叱るの区別はわかりますか?
今回は既に記事が長いので、これに関しての説明は割愛します。
調べてみてくださいね。

子どもを叱るときは、理不尽に叩いたりしたって何も伝わらないってこと、わかりますか?

あんまり日常的に叩かれていたり、すぐに怒られていたりするとね。

まずはとにかく怒られないようにするには……と考えます。

まぁ、成績が悪いだけでもかなりひどく怒られていたので、どうしようもないですけどね^^;

 

もうね。
何が悪くて怒られているかなんて、その瞬間はわかるかもしれませんが、実はほぼ反省しようなんて気は回りません。

叩かれて痛かったこと。暗くて怖かったこと。

中学や高校になると「あー、参った参った。またやられたよ」くらいな感覚です。

で、いつまでも怒られているとご飯も作ってもらえないし、家の居心地がとても悪いので、
「どうやって謝ろう~」
と頭を巡らすだけです。

そこにも、正直、悪いことをしたという反省はあまりありません。

どちらかと言うと「あーあ、見つかっちゃった」っていうような感じです。
で、次はいかに見つからないか……と考えるって感じですかね。

もうそこに関しては、大した感情はなかったような気がします。

感情ではなく、理屈で考えていたような気がしますね。

それって本当は全然子どもらしくないですよね。

私が受けて来た折檻は、虐待なのだろうか……

と考え始めたのは、まだほんの数年前です。
それまで全くそんな感覚はなく、「親は厳しい人だった」というだけだったのですが。

でも数年前、ふと……「あれ?これってどうなの?」と考えるようになったんです。

その答えは、未だ出ていませんし、きっと一生出ないと思います。

親としては愛情だと思っているでしょう。
きっとちゃんとした叱り方を知らなかったんだと思います。

「わからない」と思ったときに頭に浮かんだのは、よくドラマや映画で、ひどい虐待を受けていた子どもが「ママは悪くないよ!僕が悪いからママに怒られるんだ!」と言っているシーンでした。

私は「自分が悪いから怒られるんだ!」と思いこんでいたわけではないと思うのだけれど、「これが普通」と思い込んでいたところは、やっぱり感覚が麻痺していたのかもしれません。

 

 

私が今こんな風に思い返しているのは、今更親を恨んだり憎んだりするためではありません。

なんか冷静に「あれって今だったら虐待と言われるのかな?」とふと頭に浮かんだことがあって、それからたまにこんなことを考えるだけです。

私はこのことを振り返ったときに
「ママが悪いんじゃないよ! 怒られるようなことをしたボクが悪いんだ!」
とママを守ろうとするテレビドラマの子どもの気持ちがわかってしまったなぁと、理解できてしまった……

そんな新たな気付きがあったから、このことを書きました。

私は長いことネット発信をして来ましたが、このことをここまで冷静に振り返って書いたのは初めてです。

 

私のように育っても、子どもをきちんと愛すことはできるし、子どもを叩かずに育てることもできます。

虐待は連鎖すると言われますが、もし私が受けていたのが傍から見たら虐待だと言われる状況だとしても、連鎖させずにここで止めることも可能です。

 

大丈夫。

自分の気持ちでどんなことでも変えていけます。

私と同じように育って、もし何らかの呪縛から逃れられずに育った人がいたら、私がちゃんとそこから逃れる方法を教えます。

大丈夫。

あなたはちゃんと愛され、ちゃんと守られています。

 

 

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